2015年12月31日

playlist - 12.6.2015


Opening TM:Minute Merengue/Harry Breuer
M1 : Occapella/Van Dyke Parks
M2 : Nothin' Iz New/Hirth Martinez
M3 : Renegade/Dr. John
Ending TM : The Song Is Ended/Stanley Black


ゲスト:長門芳郎さん@


--アラン・トゥーサン(Allen Toussaint,)が亡くなったという訃報(11/10)…びっくりしました。まずはVan Dyke Parksで♪1"Occapella"を聴いてください>>>というわけで、今日は珍しいゲストを呼んでます。今まで来なかったのが不思議なくらいなんですけど、長年の盟友というか、一緒に仕事してきた長門芳郎くん!《長門芳郎さん》(だね。長門さん以下:N)「くんでいいですよ。呼び捨てでいいですよ。」--長門!笑。いや~久しぶりだな?「“DAISYWORLD”[J-WAVE]の頃に、2回くらい。ヴァン・ダイク連れてきた・笑。」--ははは。なんか色んな人連れてくるよね?ハース・マルティネスも連れてきたしねぇ。ハースもつい先日・・(N)「10/6かな。70歳。」--アラン・トゥーサンは77歳。(N)「あ〜後期高齢者。僕、前期高齢者ですよ。」--そしたらぼくも同じだよ(笑) え、いくつなの?(N)「細野さんの3つ下ですよ。最初にお会いしたのは20代前半ですよ、2人とも。」--最初、どこで?(N)「〈はっぴいえんど〉のコンサートは東京で見てたんですけど、直接細野さんにお会いしてお話したのは72年ですから。僕、仲間と長崎に〈はっぴいえんど〉を呼んだんですよ。その時僕22歳。細野さん25ですよ。」--あー若いわー!笑。今の人たちそれだと、子供だよね?(笑) 最近。(N)「なんか10年くらい違いますね。」--あの時、船乗って島行かなかった?(N)「あ、行きました。長崎でコンサートやったんですね。翌日が、福岡の能古島。」--まだ橋がなかったのかな?(N)「なかったです。僕、免許とって一週間くらいしか経ってなかったんだけど、細野さんや大瀧さんとか乗せて、長崎から福岡の船着場まで送っていきました。」--それ覚えてるんだよねーふふふ。(N)「その車の中で、細野さんの今度のソロアルバム、『HOSONO HOUSE』ですよね、まだ出てなかったから。それが、細野さんに直接聞いたか大瀧さんだったか、『フィフス・アベニュー(The Fifth Avenue Band)っぽいんだよ』とか言って・笑」--ははは!ほんと?どこがっ!(N)「で発売日に買ったら、いや〜そうでもないなーと思って・笑。JTかな、むしろ。」

--まあね、ジェームス・テイラー(James Taylor)の影響は強かったし、
リトル・フィート (Little Feat)も強かったし。
そうか、フィフス・アベニューかあ。なんか懐かしいっていうか。
(N)「僕が高校の時に、東京でやってるラヴィン・スプーンフルファンクラブ
  ってのに入ってたんですよ。」
--長門くんといえば、ラビンスプーンフル(The Lovin' Spoonful)だよね。
(N)「当時、東京で女子大生の石塚さんっていう人が会長だったんですよ。」
--(膝ポン!)思い出した!
(N)「大瀧さんにチェルシーってニックネームをつけた人!あはは」
--そう!チェルシー!笑。チェルシーモーニング歌ったからね。
(N)「彼女がラヴィン・スプーンフルとか、その系統でフィフス・アベニューが出たばっかりの時に
  大瀧さんとかたぶん、細野さんたちに、最初に聴かせたんじゃないかなぁと思って。」
--そうだったかなぁ。目ざとい人だったんだね、すごいなあ。
今言われて、初めて記憶が少し戻ってきたような・・笑

--で、ゆくゆく、そういうことが、長門くんの仕事になってくるもんね。
ジョン・セバスチャン
(N)「セバスチャンがソロになって、76年に初来日したんですよね。
  ローリング・ココナッツ・レビュー」
--クジラ反対アメリカ勢がきて。笑
(N)「ちょうどセバスチャンの"Welcome Back"が全米ナンバーワンになった直後で。
  またこれ僕がクルマでね、羽田まで迎えに行って、ずっとアテンドしたというか。
  夢みたいですよね、なんか。」
--どういうコンタクトしたの?そもそもクジラのあの…。
(N)「ラヴィン・スプーンフルファンクラブに入ってた宝塚の知り合いが、
  セバスチャンが来るよと。『え、なんで?』って言ったら
  ベネフィットコンサートの、日本でグリンピースジャパンで来るって
  僕に知らせにきたんですよ、パイド・パイパーで。」
--もうパイド・パイパーあったの?
(N)「あったの。僕が当時の社長の岩永さんに話をして、岩永さんが中心に
  あと浜野サトルさんとかね。日本で受け入れ体制ができて、
  翌年に晴海でコンサートをやったという・・」
--ぼくと、久保田麻琴、サンディー、大貫妙子が参加したんだよね。
(N)「そこにセバスチャンが入って、ハーモニカ吹いたり。」
--それで♪“Ain't Got No Home”~ってFrogman Henryの曲やったんだよね。
(N)「ポンポン蒸気もやったね。」
--なんかね、そこだけすごく覚えてるんだよね。内容のことは全然わかんないの。
クジラがどうしたんだと。すごい反感を持ってたんだよね。
(N)「色んな矛盾というか、日本とアメリカの文化の違いもありまして。
  でも、セバスチャンとかクジラ屋に連れてきましたよ、渋谷の。」
--ほんと?!食べたの?
(N)「そこの記憶はちょっとわかんないんですけど…連れてきましたよ・笑」
--連れて行ったっていうとこがすごいね!笑 ダニー・オキーフも来たり、色んな人が来て。
(N)「フレッド・ニールとか…」
--フレッド・ニールも居たんだ?!すごいな。
(N)「ドルフィン歌いましたから。」

--ということで!そういう人なんです。長門くんはね。
その後ね、なぜか事務所を開いて、ぼくのマネージメントやってくれたんだよね。
(N)「たぶん、トロピカル・ダンディの前後から、、
  僕はシュガーベイブのマネージメントやってたんだけども」
--そうだ、山下達郎と仲よかったんだよね。
(N)「仕事がやっぱり食えないんで。キャラメルのスタジオ仕事の現場を手伝ってたんです。」
--キャラメル・ママの頃かな?
(N)「雪村いづみさん、ジュリーとか南沙織さんとかのレコーディングは立ち会ってますね。
  スリー・ディグリーズ (The Three Degrees)とかね。」
--沢田研二もやったんだっけね?忘れちゃった・笑。
(N)「やりました、大瀧さんの曲でね。」
--なんか音楽をかけるヒマがないかもね!?笑
アラン・トゥーサンもかけたし、思い出として…と言うにはまだ亡くなったばかりですけど…
Hirth Martinezかけましょうか。
(N)「2枚目からかけたりしようかな。ジョン・サイモンがプロデュースしてる。
  ですが!この曲だけ、Dr.Johnプロデュースなんです。」
♪2"Nothin' Iz New"

--Dr.Johnみたいな声だ~。
(N)「ですね。でもわりと、地声がダミ声なんですよ。だけども、曲によっては
  ちょっとクリス・モンテスとか二ルソンとかああいう甘い声も使い分けるという。
  特にセカンドアルバムではダミ声度がアップしてる (笑)」
--ダミ声の人ってのは好きだなぁー。
(N)「Dr.John、あとトム・ウェイツとかね。
  Dr.Johnの話が出たんで・・
  細野さん覚えてるかなぁ。僕。79年の1月にアメリカに一ヶ月半行った。
  細野さんがDr.John宛の親書を書いた。
  結構、日本語で便箋にびっちり書いてあって。それをだいたい訳したというかね。」

中略
(N)「Dr.Johnに会えたんですよ。A&Mオフィスでインタビューして。
  その時にその親書を渡して『泰安洋行』とか細野さんのLPを渡したんだよな。
  ちょうど彼も《Horizon》に移籍した時で。『City Lights』[1978] 
  『Tango Palace』[1979]を細野さんがお聞きになって、あんまり・・
親書の中身とは?
--そう、Dr.Johnぽくなかったんだよね。NYっぽかった。
(N)「アランもDr.Johnも脱ニューオリンズですねと。
NYでスタッフとやってますね、と。
でアドバイスしてるんですよね〜。」
--え〜〜っ!そんな!
(N)「ニューオリンズの連中とやるべきです、と」
--うわ〜、、親書っていうか、、生意気だな〜
(N)「東京に来ませんか?と。いいミュージシャンたくさんいるから。
  それをトミー・リピューマに細野さんが提案したら、
  それはバッドアイデアだと言われたって・笑」
--余計なことしてるな〜汗、、ホント申し訳ない・・
(N)「この後がすごいんですよ。翌日も別のインタビューでえーあんどえむ行ったんですよ。
 チャップリンのスタジオですよね。
 あの信号を渡ろうとしたら、「長門!」と呼ぶ声がしたんですよ。
--誰が?
(N)「細野さんだったんですよ!」
--うそぉ〜〜〜??いたの?!
(N)「覚えてないんですか?びっっくりしました。細野さん日本にいるはずでしょ?
 なんで細野さんここに居るの?って言ったら、アメリカ版発売用のYMOのミックスを…」
--トミー・リピューマに呼ばれて。
(N)「これからキャピトルタワーに行くところだ、と。
 だから、こんなに世界広いのに、その交差点で、信号が・・その一瞬、呼び止められたんですよ。
 僕、生きてきて一番の奇跡というか。」

--そんなことがあるんだなぁ。そんな大事なことをぼくは忘れてる・笑
(N)「その後、Dr.JohnがYMOのライブに来ましたよね。マダム・ウォンかなんか。」
--その後、リピューマ邸でロニー・バロンが来て、Dr.Johnが来てYMOの3人が来て
ちょっと懇親会みたいな。ロニー・バロンのアルバム(ザ・スマイル・オブ・ライフ)は作ってたんだよね。
『兄弟が世話になったな!』みたいなこと言われて。
Dr.Johnが帰る時に、ぼくの後ろに回ってきて、肩を揉んでくれるんだよね (笑)
(N)「え〜〜っ?Dr.Johnに肩もみされたんですか?うわ〜」
--で一言、アドバイス受けたわけ。<この業界は気をつけろよ> みたいな。

[一同笑]

「Dr.Johnはライブ観に来て、本当はセッションでもできるかなぁという
 感じで来たんじゃなかったっけ?だってその前に聴いてるのが
 『泰安洋行』とか『スマイル・オブ・ライフ』ですから。」
--テクノじゃね〜〜、、びっくりしたんじゃないかな (笑)
申し訳ないなぁ、、本当に申し訳ないことばっかり。
「次かけたい曲は、Dr.Johnの『Tango Palace』
これは細野さんとも出会った後に作って発売されたやつなんですね。
この中に♪3"Renegade"っていう曲があって、これはきっと・・
『泰安洋行』とか聴いた後にちょっとインスパイアされたんじゃないかなぁと。。
マリンバはロニーがやってます。」

ここで時間がきたのでこの続きはまた来週〜!



posted by daisy holiday at 00:00| daisy holiday 2015